左:増築工事中のアトリウム(右手に見えるのが旧ビルの外壁を取り込んだ壁)。 右:改装前の旧京都丸紅ビルの内観。
増築工事中のアトリウム(右手に見えるのが旧ビルの外壁を取り込んだ壁)。
改装前の旧京都丸紅ビルの内観。
記憶に残る建築、再生プロジェクトの裏側には必ず、腕利きの職人や技術者、現場を統率する優れたリーダーの存在がある。COCON KARASUMAの施工工事もまた、彼らプロフェッショナルたちに支えられていた。ここでは、オフィス街という密集地、異例の短期工期などの制約に直面するなか、一切の事故も遅延もなく、最高のクオリティで仕上がった舞台裏を紹介したい。
環境や安全に配慮しながら、
標準工期の62%短縮を実現
当時の工事範囲を示した図。地下鉄連絡通路も含め広範囲に及んだ。
COCON KARASUMAの開業工事は2004年4月着工、11月末竣工。さまざまな事情を加味して決定したスケジュールだったが、8ヶ月の工期は、標準工期13ヶ月の62%という異例ともいえる短期工期であった(現行法ではまず不可能であることはいうまでもない)。この施工を手掛けたのが、大手総合建設会社の竹中工務店。現場を統率したのは、当時の作業所長 中尾和昭氏であった。中尾氏はこれまで関西圏の高層ビルやホテル、スタジアムなど数々の大型プロジェクトを率いてきた施工のプロフェッショナル。情熱にあふれた温かな人柄で職人を鼓舞し、現場の士気を上げ続けてくれた中尾氏との出会いも、プロジェクトチームにとって幸せな縁だったといえるだろう。
左:間仕切りのレンガの解体工事。 右:屋上にクレーンを設置し、昼夜を通して搬出や荷揚げを行った。
間仕切りのレンガの解体工事。
屋上にクレーンを設置し、昼夜を通して搬出や荷揚げを行った。
実際の工事では、3交代・24時間体制を敷き、解体工事と新設工事を同時に進行することで工期の短さをカバー。もちろん、さらなる安全対策と周囲の環境を一番に考え、騒音や粉塵の飛散を防ぐ対策に力を入れたことはいうまでもない。「オフィス街での工事で大きな建設機械が使えなかったため、2〜8階の解体工事と解体材の搬出はすべて人力で行いました」と中尾氏。報告資料によれば、約14,500㎡の解体面積に要したのは延べ5,600の人工。まさに人海戦術で乗り越えた賜物だった。
左:増築棟の駐車場スロープ工事。 右:人力で解体材を搬出するために設置した仮設ステージ。
増築棟の駐車場スロープ工事。
人力で解体材を搬出するために設置した仮設ステージ。
洗って直して、磨き上げて。
輝きを取り戻した70年前の建材たち
左:現在の2階。旧ビルの寄木フローリング移設後の研磨の様子。 右:研磨・塗装を経て美しくよみがえった寄木フローリング。
現在の2階。旧ビルの寄木フローリング移設後の研磨の様子。
研磨・塗装を経て美しくよみがえった寄木フローリング。
COCON KARASUMAでは、竣工当時に用いられたタイルや石、木材などの建材が、可能な限り大切に再利用されている。だが言うは易く、行うは難し。そのために、職人たちが惜しみなく注いだ手間と技は枚挙にいとまがない。そのひとつが、南洋のイペ材を用いた「パーケットフローリング(寄木の床)」。旧ビルの5・6階で使われていたもので、この風合いに魅了された隈氏の提案で、商業ゾーンであるB1階〜3階に移設されたものだ。
「約3,200㎡分を1枚ずつ手で取り外しては、裏面のモルタルを剥がし、4枚ごとを1セットにしてひもで括って保管していきました。新たに貼り替えた後は、全体を研磨して凹凸をならし、オイルステンを塗布して仕上げへ。効率でいえば、新しく床を張る方がはるかに楽な作業だったことでしょう。しかし床材は、直に身体で感じることのできる建築素材。隈先生が思い描いた通り、視覚で感じる以上に建物の記憶や時間を感じさせてくれる存在となったと思います」
一方、外装のタイルは、竣工当時に手焼きされたものがそのまま用いられた。「安全性を担保するため、全壁面(4,200㎡)の打診調査を行い、不具合に応じて樹脂注入や張り替えを行いました。光触媒による汚れ防止コーティングも行っています」(中尾氏)。一方で窓枠は、竣工当時のデザインを活かすため、既存のサッシに新しいサッシを重ねる「カバーリング技法」を採用。戦前のサッシはサイズが微妙に異なるため、300箇所以上すべて採寸し、サイズが微妙に異なる14種類の新サッシをつくって対応したという。
左:手作業で行われた、寄木の床材の取り外し作業。 右:外壁の補修では、長年保管されていた竣工時の予備タイルが活躍した。
手作業で行われた、寄木の床材の取り外し作業。
外壁の補修では、長年保管されていた竣工時の予備タイルが活躍した。
「数ヶ月に一度、仕事を早く切り上げて、屋上で職人さんの慰労会をしたのもよい思い出です。施主の皆さんも差し入れを持って参加してくださり、にぎやかなひとときでした。完成後、別の現場で当時の職人さんと出会うこともありましたが、誰もが口を揃えて「苦労はしたが、良い仕事ができたと胸を張れる現場だった」と語っていました。彼らにとっても、記憶に残る現場だったのでしょう」
こうして無事に完成を迎え、2004年12月4日に開業の日を迎えたCOCON KARASUMA。この日、往年の輝きを取り戻し、新たな息吹が注ぎ込まれたこのビルを眩しそうに見上げていた関係者や地元の方々の笑顔を、チームは決して忘れることはないだろう。
開業当時の外観(2004年12月撮影)。